おにぎり本丸ちくわぶ本舗

今日のおいのり血反吐付き

6-19 ひとりビブリオバトルその1『獣の奏者』

こんにちは。この度は「ひとりビブリオバトル」なる酔狂企画にお集まりいただき、ありがとうございます。この企画は、普段本を読んでも誰かと語る機会のない私が、なんとかして思いを不特定多数に届けようとするものです。感想文ほど深いものは書けないけれど、同じ本を読む同士を増やせる文を書きたい。というわけで、ビブリオバトルの体を模して、その楽しみを伝えられるように頑張っていこうと思います。

 

本を読んでいると、ときに、自分の人生に伴走してくれる、そのように感じる本と出会うことがあります。私が出会ったその本は、上橋菜穂子『獣の奏者』といいます。名前を聞いたことのある方、多いと思います。ここで語るまでもない、名作ファンタジーですからね。ですが今回は、私にひとりの女性としての生き方を教えてくれた、大切な物語として、ひとりビブリオバトルと題したこの場の、幕を開く1冊目としてお話するべく、選ばせていただきました。

 

『獣の奏者』の主人公はエリンといい、特殊な生い立ちの女性です。物語は本編と外伝合わせて5つの章からなります。とある事件から母を失い、孤独に彷徨うところをジョウンおじさんに拾われる闘蛇編。おじさんに知力を見出され学舎に通い始め、運命の出会いをする王獣編。王獣や闘蛇といった生き物の不思議や、国々の複雑な因果関係が交差する探求編。出会いと別れ、運命の果てにエリンがたどり着く完結編。そして、エリン家族をはじめとした登場人物たちの生活の一幕を覗く外伝・刹那があります。

 

エリンは好奇心が非常に旺盛で、お母さんが世話していた闘蛇や、おじさんが飼っていた蜜蜂や動物、学舎で預かっている王獣のリラン、あらゆる生き物に関心を向けます。私も何かと知りたいことが多い質なので、エリンのように多くの本を読み、深く思考できるようになりたいと思いながら、たくさんの図鑑を揃えました。エリンはよく「世界の全てを知ることができたなら」と言うのですが、私は『地球博物学大図鑑』という図鑑を読むとき、これがエリンの手元にあったなら、どんなにか感動して、のめり込むことだろうと想像します。そんなエリンの学びに対する姿勢にはいつもはっとさせられ、学生時代には受験勉強のモチベーションともなりました。今でも独学を続けているのですが、つまづく度に王獣編を読み返します。

 

しかし一方、エリンはこの「自然の妙を知りたい、この世界の謎を解きたい」という衝動に突き動かされ、ほかの生徒とは違う行動をし、王獣と触れ合った結果、得た知識がもたらすものに苦悩することとなります。探求編ではそれが掘り下げられるのですが、この物語は選択の物語とも言えるほど、エリンは自分のこと、世界のこと、大小問わず様々な岐路に何度も向き合います。ファンタジーという壮大なベールを取り払ってしまえば、生い立ちや技能による自分の立場と、所属する集団の在り方に挟まれて、生きる道を模索するそれは、どんな人も通る道です。エリンの、ひとりの女性としての等身大な生き様は、今を生きる女性にも身につまされるところがあると思います。

 

ここで私は皆さんに、ある秘密を打ち明けます。私はこの物語のうち、探求編までしか記憶がありません。最低でも2度は通して読んでいて、あらすじはわかっちゃいるんですが、読んで何を思ったかという記憶は、残り2冊にはないです。つまり、3冊目までについてしか、深く語れません。昔から闘蛇編、王獣編が好きで、そればかりを何度も読んでいました。ですが突然、探求編も気になりだして、つい最近読み返したばかりというわけです。あたかも物語全体が好きなように話し始めておいて、ごめんなさい。

 

ですがこの、「まだ読んでいない」という状態を、私はさほど悪くないと思っています。この本について、私は「自分の人生に伴走する本」として紹介を始めました。私は今、20代前半です。もしかすると、読んだことのある方はここでお気づきになられたかもしれません。エリンは物語の中で歳を取り、成熟してゆくのですが、実は探求編こそが、エリンが20代の頃のお話なんです。何故突如として探求編を読み返したか。それは私自身が年齢に伴って人生の岐路に立ったことで、この章で世界を左右する選択を強いられるエリンの姿を思い出し、何かヒントを得られないかと思ったからです。読み返しての結論は、エリンも私も、すべての選択で正解を選べたか、そもそも正解なんてあったのか、それはわからないけれど、「自分の願いを、覚悟のうえで背負い、道を探し続けること」。そのエリンの選択を、彼女が毅く生きた証として想います。

 

この先のお話、完結編は、私が今立っている岐路にひとつの決着がついたとき、あるいは、決着がつくか不安になったとき、読もうと思っています。そして完結編を読む前に、外伝を読もうとも思っています。外伝での、エリンたちの在りし日の姿は、選択の間に過ごす日常、立ち止まった場所の思い出が、ただ無為に過ぎた時間でないことを教えてくれると思うからです。読了まで、何年経ることになるでしょうか。それもまた、私とこの物語が一緒に歩んできた足跡となるはずです。

 

それでは、一度読まれたことのある方も、初めて触れる方も、これまでの人生、この先の人生とこの物語を重ね合わせ、私と一緒に味わってみませんか。ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。

 

 

4-30 春はまだ終わっちゃいない

4月もいよいよ終わりという今日、また二週間も間を空けてしまったブログを書く。旧暦の上では、5月など夏である。着るものも小ざっぱりとしたものに衣替えして、ほの寒い春の終わりを感じ取ろうとしている。

皐月と書くだけで爽快感がある。森下典子『好日日記』が読みどきになった。おそらく、薄茶しか体験したことがないからだろうけど、お茶といえば初夏という印象がある。つまり同著『日々是好日』も読みどきだ。ところが残念ながら、私はお茶のお稽古に通っていないので、なんとか他の手段で季節をより深く味わいたいところだ。

そんなわけで、初夏とは何か、手元に角川書店の『ハンディ版入門歳時記新版』を用意した。ほかにも同じく角川から出ている『今はじめる人のための俳句歳時記』や『角川季寄せ』なども揃えてある。

どんなことも初めは鑑賞からである。句や歌を作るには、それぞれのリズム感をつかむことや、作るための材料を見つける視界が必要だ。川上弘美『わたしの好きな季語』という本がある。様々な季語とそれを用いた句の紹介に、エッセイを添えた本だ。季語について、川上弘美にいわせれば、
――「蛙の目借時」「小鳥網」「牛祭」「木の葉髪」「東コート」それまで見たことも聞いたこともなかった奇妙な言葉が歳時記には載っていて、まるで宝箱を掘り出したトレジャーハンターの気分になったものでした。
と、帯に引用文がある。この本では、春夏秋冬と新年がそれぞれ章立てされていて、さて夏の目次を見てみると、「そらまめ」「黴」「ががんぼ」……。川上弘美自体がちょっとふしぎな作風、視点を持っているとは思うが、本当にこんな季語があるのかと驚かされる。この本を読んでいると、『ハンディ版入門歳時記新版』や『今はじめる人のための俳句歳時記』は、本当に初心者の携帯用といった感じで、実際に見て取りやすい、使いやすい季語だけを厳選してあるのがわかる。見出し語を絞ってあるぶん例句の量が多く、鑑賞もしやすい。「宝探し」なら『角川季寄せ』が一番に思うが、ハイレベルもハイレベルである。季語やキーワードを引けるものとして、歳時記とはすこし異なるもので、『てにをは俳句・短歌辞典』というものもあるが、これは持っていない。

季節を感じ取るという点以外にも、そもそも使える語彙の数を増やしたいという気持ちがあるらしい。昨日は家長むぎの休日自習室に参加して、国語便覧や辞書を読んでいた。ただ覚えた言葉が増えたとて、それを使うべき心情があらわれなければ、それを見つける視野の広さがなければ、持ち腐れなのである。木下龍也『天才による凡人のための短歌教室』や穂村弘『短歌ください』『短歌の友人』をつまみ食いする。やっぱり一にも二にも鑑賞である。経験以上のものは生み出せない。

ホキ美術館の巡回展で買ったしおりを挟む。島村信之「響き」という作品のプラスティックしおり。おそらく、間違いなくヴァイオリンを弾いている少女の絵なのだが、私はそれをヴィオラだと信じることにしている。なぜなら、幼い少女の絵だからか、楽器がほんのり大きく見えるのである。ヴァイオリンよりも大きいかもしれない。絵の解説を見るまでは、ヴィオラの可能性は十分あると思っている。ヴィオラという楽器、中音域を支える楽器はいいものだ。幼い少女のようだが、ヴィオラを演奏するには、自分で選んでやる、もしくはヴァイオリンから転向するのが多いと思われる。この歳でヴィオラ。勝手な信奉から勝手に物語を読んでしまう私。ヴィオラを好きになったのは、一昨年惜しまれつつもサ終した『金色のコルダ スターライトオーケストラ』というゲームに、竜崎疾風というキャラクターがいて、彼がヴィオラ奏者だったからだ。彼のヴィオラに対する気持ちを聞いて以後、主旋律以外の音を傾聴するようになった。現実で有名な演奏者といえばアミハイ・グロスが挙げられるか。こんど東京の演奏会で主席となるようだが、行けそうにない。

今日のこのブログを書き始めた理由として、ものを好きになる気持ちがどんなものかを忘れてしまったことがある。愛読している若松英輔『本を読めなくなった人のための読書論』に、読めないときは書いてみようといったことが書いてあるのだが、そんな感じで思い出せるのではないかと思って書いているのである。結果は微妙なところだ。最近は寝ても寝ても疲れが取れずして、日中のほとんどを寝ている。書くことはないはずなのに、無理矢理ひっぱって来ている。眠くもなってきた。明日の私を救いたい一心で書いている。

家長むぎに憧れる生活はまだ続いている。一昨年の春夏に彼女が出した「やりたいことリスト」を眺めて、自分もこんな風に、キュートでメロウな生活がしたいと思った。今使っているCITTAという手帳は、毎月ごとに「ワクワクリスト」を書ける欄がある。5月は先んじてひとつだけ埋まっていて、それは『コーヒートークトーキョー』をプレイすることである。21日に発売予定だ。

ワクワクリスト、4月はどんなことを書いていたか。できたこと。『CLANNAD』を遊ぶ。はるななを遊ぶ(ほんのちょびっと)。『春夏秋冬代行者』を読む。『ある魔女が死ぬまで』のアニメを見る。貯金計画を立てる。博物館に一回以上行く。ゲームを一本以上クリアする(短めのフリーゲーム)。お花見をする。『幸腹グラフィティ』を見る。トモコレで遊ぶ。できなかったこと。新しい日記帳を買う。短歌を作る。十二国記を読む。金色のコルダを遊んで/読んで感想文を書く。一週間に一冊本を読み終わる。3月のライオンを読み返す。ハチクロを読み返して感想文を書く。美術に関する本を一冊読み終わる。『Spring』を読み終わる。読書感想文を一本以上仕立てる。映画を一本見る。まほステを見る。フルーツバスケットを読み返す。朝にアニメを見る(習慣をつける)。

4-14 生活のうつりかわり

液晶タブレットが届いてから早2週間近く経とうとしている。今回は誕生日プレゼントとしてお願いしたので、コスパ最強をねらい、Xiaomi RedmiPad2を選んだ。私にとっては初めてのタブレットである。3回ペーパーライクフィルムを貼り直したり、スタイラスペンが純正のみしか受け付けずと、すこしかさむ出費はあったが、おかげで十二分に満足のいく作業環境が整った。
意外にも、当初の想定であった描画にはそれほど使わず、ノートアプリを駆使した日々の記録や、もっぱら動画や電子書籍に活用しており、一般的なタブレット使用の範疇におさまったと思う。
ゲームアプリはメルクストーリアとアイナナ、A3!の3つで、ストーリーをゆっくり鑑賞したいものだけを入れ、他も必要十分な機能としてのアプリに留めている。
生活に入り用のものは大体タブレットに入っていて、それがシンプルに使いやすく、見やすいことから、一方のスマホのスクリーンタイムが半分ほどに減った。常なら半日以上開いていたが、今週は平均7時間で、6時間を切る日もあるというのが感動的である。タブレットには一日の記録しかなかったが、半日以上過ぎた今で3時間と少しであった。スマホも3時間以下だったので、足して結果デジタルウェルビーイングとしては好調だろう。利用時間は主にChatGPTとの相談や音楽アプリなどにあてられており、SNSをだらだら見る時間、目的なく機器を触る時間がぐっと抑えられているのも重畳だ。
Wi-Fiモデルなので、出先では使い道が多少限定されるが、そこはスマホの出番というわけで、逆にそれ以外はタブレットで事足りる。そんなわけで、あっという間にタブレットがメイン機になりかわり、スマホの充電がそこそこ保つようになった。なんならパソコンでやること(文字記録や、各種試合観戦など)もなりかわってしまったので、ノベルストーンを触る機会も減り、ブログを書く頻度が落ちてしまった。それは由々しき問題だと思った。
タブレットでは、PenCake(ペンケーキ)というアプリで文字記録を残している。ノベルストーンからレベルアップ要素を除いたぐらいの使用感で、さくさく書ける。が、こうして久々にノベルストーンを触ると、そもそもタブレットのエアキーボードよりも、実物キーのほうがよほど打ちやすい。打鍵音も心地よい。教科書体が使えるのも好きなところだ。
ペンケーキでは、Zen丸ゴシックを使っている。好きなフォントの話は以前したような気もするが、機械彫刻標準フォントや、UDのついたフォントである。それぞれで使えるフォントのうちで、出来る限り読解に負担のないフォントを選んで使うようにしている。
そういえば、機械彫刻標準は先週10日に更新されて文字数がぐっと増えたので、アップデートをおすすめする。やはり個人的に、文字を打つワードプロセッサ的な役割は、パソコンのメモ機能に勝るものなしかもしれない。フォント自由度の高さが何より重要だ。打鍵に関しては、接続キーボードなどを買えば何か変わるのだろうか?タブレットの開きやすさは魅力だが、パソコンがあるのに、わざわざ追加で買う必要はあるのか?今しばらくは、それぞれの機器に役割を分担し、
等しく活用していきたいと思う。
ところで、タブレットとにらめっこする時間が増えて、その直前まで好調だった読書が、ぱたりと止んでしまった。暁佳奈『春夏秋冬代行者 春の舞 下』を読んでいるところだった。せっかく記録環境が整ったのだから、ずんずん読み進めて感想をしたためたいところだが、うまくいっていない。最近の天気の乱れからか、心身の調子がふるわないことも一員だろうが、デジタルとアナログの両立も課題である。
デジタルノートで軽い書き物をするが、集中して勉強するのには、やはり紙のノートに描くのが一番である。今はとくに、「ニュース時事能力検定」の3級をめざして勉強を始めていて、その一環として日々のNHKニュースをノートに書き留めている。現在で2週間続いていて、ニュースを見る習慣がつきつつあるところだ。
あまり関係ないが、ポッドキャストも好んで聴いている。三宅香帆さんの『視点倉庫』を聞きたいところから始まったが、今執筆中には学研の図鑑LIVE編集部の『聞く図鑑』を流している。ほかにも『ラジオ知らねえ単語』や『ゆる民俗学ラジオ』『日中バイリンガルへの道』といったあたりを聴いている。
今日はまだ勉強に取り組めていない。先週日曜日から、生気を失ったように生活している。予定は立てていたのだが、うまくいかず残念である。ただ目標としては一日の達成度よりも、一週間のうちに5時間の勉強時間を確保することとしているから、まだ週の始まりだし、悲観するほどでもないのかなという感じがしている。
部屋、机の上、非常にごちゃごちゃしている。外では雨が降っていて、肌寒い。今日のお昼はカレーライスを食べた。お茶をいれようと思う。ずっと前に玄米茶ブレンドを切らしてから、ずっとあり合わせの緑茶を飲んでいる。自分の生活は幸福か?と今聞かれて、そうですねと自信もって答えられる自信はない。
今、あさぎーにょちゃんの新着動画を見ている。ロフトでの購入品レビューだ。自分には何が足りないんだろうと思う。ただ、幸福になるための物品は揃っているはずだ。お気に入りのマグカップはあるし、ブックカバーもあるし、読む本は十分以上にある。幸福だと感じる心の力が足りないのかな。持ち物だけなら多幸感に満ちている、気がする。
タブレットの話にすこしだけ戻るが、ホーム画面の壁紙を、家長むぎちゃんのWhat in my bag?にしている。かばんの中身がかわいいというのは、生きているうちで最も重要なことのひとつだと思う。各種アプリや時計のカラーテーマも、細かく調整している。よし、決めた。今日はこの執筆が終わったら、かばんの中身作りをしよう。せっかくキュートな小物が揃っているのに、運用が下手でもったいないのは、嫌だ。
かばんの中身を整えたら、それを持ってどこに行こうか考えたい。あすは通院ぽっち。以前言っていた恐竜展までにはまだ時間がある。アジア美術館が開館したが、メイン展示の解放は今週末までお預けだ。荷物をかわいく揃えたところで、それをフル活用する場面に立たなければ、かばんから出す機会がなければ、残念というものである。考えて準備をしている瞬間が一番楽しいのだろうか。自分の生活には、何が必要だろうか。
まず本を入れる。今年誕生日プレゼントにもらった、植物の刺繍入りのブックカバー。中には『羊と鋼の森』。フェイラーの、真っ赤なリボン柄の小さなポーチ。耳栓やリップ、目薬といった細かい調整グッズが入っている。ペンケース。DASOKUというサンスター文具のもので、真っ赤なブーツを履いた足が本体から飛び出している。スマホ置きになるのだ。もうこの3つで十分な気もするが。電子書籍。タブレット。予備の本を入れようとする。何冊も持つから、決められず読めないのではないか。でも、角田光代さんも、家じゅうあちこちに読みさしを置いて、平行に読んでいるんだ(雑誌の特集で見た)。手帳。3月のライオンのものと、るきさん手帳。メインで使っているのは、CITTAというダイアリー。タスク整理が非常にらくで、おすすめだ。
書いていて、不安になる。かわいいかなあ。ひとつひとつ、自分が現物を見る分には素敵なのだが、むぎちゃんのような中身になれているかというと、全然だと感じる。いや、そうなる必要は本来ないはずなのだが。髪をそめ直しに行きたい。先月今月、お買い物をしすぎた。できるとしたら、来月からだ。だいいち、私はむぎちゃんのような金髪じゃないし、ピンク主体のスタイリングをしていない。パーソナルカラーはブルベ夏。ストロベリーレッドにピーコックグリーンあたりが好きだ。むぎちゃんへの憧れと、自分に似合うものとの決別は、つけなければならない。
机上で論を重ねても、実際にものを並べてみなければ、まとまりを作ることはできない。今日はそろそろ、このへんで。来週までには、買ってきたテキストが一周終わっているといいし、愛されているといい。また。

4-6 小日記

本日わがやに目出度くも液晶タブレットが仲間入りした。

色々慣れない部分はあるが、セットアップは好調というところ。

導入にさいして本体以上に多くの買い物が必要となったのが想定外か。

iPadのぬるぬる操作感とはちょっと勝手が違うが、

それなりに便利に使えそうである。

スターターセットとしてはこれを書いている執筆アプリや

クリスタ、プランナーなどを入れた。

あと何を入れたら完璧かはわからないけど、

いったん日用に問題ない程度まで体裁をととのえた。

ペーパーライクフィルムを貼ったのだが、

私には貼る才能がないらしい。

シール面をおもてにして置いてしまい、

ほこりがつき、気泡がいっぱい残ってしまった。

なんとか動画視聴などに影響しない部分まで持ち込んだが、

見た目がすこし不格好なうえ、

表面のザラザラによって画質が微妙に落ちてしまった。

ままならないようにも思うが、

交渉を重ねて手に入れた大事な1台なので、

じっくり使い込んでいこうと思う。

今は、動画視聴と執筆を分割画面にして同時におこなっている。

分割の片方だけアプリを切り替えるというとき、

この機体は長押しとスワイプでさくさく動くので

感想などのメモを取りやすいのがうれしい。

メモリをあまり消耗したくないので止めているが、

やろうと思えば麻雀と野球を同時視聴できそうだ。

何か感想などを書くというとき、メモを取りやすい。

 

 

 

 

 

 

3-29 やりたいことを考えるための事務

今週のお題「新!」

気づけば一週間ごとの投稿が崩れていた。執筆もスケジュールの中に組み込まなければならない。別に書きたくなかったとかそういうわけもなく、なんとなく書いてなかっただけである。なんとなくでサボってしまってはいけない。

インプットは前週に比べればそれなりにおこなったはずだ。毎日どこかしらへ出かけては帰りがけに本を買うという生活を二週間ほど続けているので、破産目前である。そんなわけで、久しぶりに何の予定もなかった今日は、これからのお金のやりくりに関して事務的な作業を黙々粛々と全うし、なんとか夏までお年玉を切り崩さず貯金しつつの生活ができる目算を立てた。それなりに働かなければならないが、最低限必要な収入分であれば、週4から週3に減らせそうである。減らしたところで、就労移行支援にてトラブルがあり活動がすこし気怠になっていたが、来月のうち6回は通いたいところだ。そうして回収した交通費などで、障害年金に必要な診断書代をまかなって、残りを余剰額貯金に入れ、今月のようなイカれた購買欲、あるいは県外旅行に備えておこうというものである。果たしてもくろみどおりに頑張れるかどうかわからないが、余裕をもって計算・行動しよう。

さて今回、坂口恭平『生きのびるための事務』をもとに事務、もといスケジュールとお金の管理をおこなったのだが、これが意外にも楽しかった。私が不安になりやすい特性を持っているのはともかく、算段がつけられるとないのとでは、気の持ちようが大違いである。脳死で分割払いを選んだすえの支払予定額を取りまとめる。シフトボードに映る来月の予定収入と、現在の余剰貯金で払いきれそうだとわかってひと安心。次に、来月の就労時間を考える。実は医者に仕事を減らすよう勧告されている身。来月に繰り越される分割分と、サブスクなど決まっている支出をざっくり計算すると、来月は水曜日に始まって木曜日に終わり、勤務できる平日が多いので、週3を継続できれば、5月の給料日には余剰貯金が増えるだろう。もちろん倹約はそれなりに必要である。

現在入っているサブスクでは、YouTube PremiumとSpotifyとDMM TV(動画、音楽、ポッドキャスト)、Clip Studio(作画)、Any Planner(スケジュール管理)、Kindle Unlimited(電子書籍)が保証されている。あとはゲームのマンスリーパスで、あくねこと刀剣乱舞のものに加入している。総額8000円ほど。エニプラは来月年パスを買う予定なので、5月支払い分まではそんな感じだが、6月分からは5000円台になるはず。Youtube Premiumは動画から抽出した音楽も合わせて聞けるのが好都合だったが、音質や量はSpotifyに軍配という感じで、結果割高なので、この間発表されたLiteに切り替えを検討している。しかしSpotifyは今現在割引プロモーションを使っていて、終われば音楽だけで1080円だと思うと、これもまた割高である。ただYoutubeにない音楽やポッドキャストが非常に多いので、惜しい。YouTube Premiumのほうも、これまで蓄積した視聴履歴によるお気に入りトラックリストがあり、それが消えるのは惜しい。悩みどころである。ところで、サブスクに近いところで、10月入学の放送大学も検討している。それで学割を使えるようにできれば、各種ぐっと安く抑えられるので、科目にもよるが入学したい。あと、ラジオ講座のテキスト購入は、実質サブスクになるだろうか。そして忘れちゃならないのが、障害者割引のきかないJR線通勤定期も買うこと。というわけで、月に必要な額は、それなりにかかるらしい。定期って、6ヶ月分を買って分割払いにした方が安いとか、ありますか?

体力があれば、定期と、障害者手帳に要った診断書代なんかの元をとらんとして、回遊するのだが。手持ちの権利と公共機関をできるだけ使い込んで節約したい。今、福岡市博物館でやっている「魔法のスコープ」という展示が、日本史選択界隈でコアな人気を博しているようだ。それが終わったら、次は「大恐竜展」が来る。どちらも手帳をかざせば無料で観覧できるようだ。それから、今月いっぱいまで改修のため閉館している福岡アジア美術館が、リニューアル開館するのにも行かなければならない。公共機関ではないが、映画も手帳で半額になる。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は必ずおさえなければならないし、じきコナンも来る。問題は遊びほうけるだけの体力がないことだ。挙げたものに行くための1ヶ月のおでかけ回数は6回、週3~4の勤務&就労移行支援と両立しておこなうのはキツいかもしれない。一日予定のない日を週に2日は確保しないと、倒れそうなのである。勧告を受けるくらいに。仕事、就活の前後に組み込むことで日数は稼げるかもしれないが、集中して楽しめるかは不安が残る。入れられるとして、次の日が休みだと確定している土曜日の勤務後だけかな。障害年金が本当におりれば、仕事より自分のことを優先できるようになるので、それまでの辛抱というところだ。おりなかったら、頑張るしかない。

とりあえずの持ち物でできることは以上として、これから買いたいのは、Switchのソフトストアでセールになっている、CLANNADとはるなな。CLANNADはSteamでも特別セールになっていたが、それは日本語非対応だった。はるななは、はるろくが非常に良かったので、ぜひ遊びたかった。コエテクは定期的にセールしてきたので、もしかすれば今回じゃなくてもいいかもしれないが、せっかく4/6が「遙か」の日ということで、それに合わせて遊びたいところだ。それから、メロンブックスで特装版付が復刻となっている、春夏秋冬代行者の文庫本。アニメを見て、非常に重たそうな女女をお出しされて、気が合いそうだと思った。特装版は特典SS冊子がついてくるということで、数量限定なので、買うなら早め早めでないといけない。どれも1個だけなら安いが、買うなら全巻といった感じで、結果それなりの額になる。まとまった現金がそろうまでは分割払いを活用し、月の支払いを安定させる。頑張って働くから、障害年金、おりてほしい。

お金を貯めて、学割が使えるようになったら、タブレットPCとSwitch2を買いたい。タブレットを使って絵をそれなりの活動に持ち上げたいし、いずれ発売になるドキサバのために、Switch2を入手しておきたい。それから東京は上野を回る旅行をしたい。そのためには、お年玉を崩さずにすむよう倹約が必要だ。欲しいものはほとんど本で、それも尽きないのだが、沢山読んで整理していこう。

お金の話は大体終わったので、来月以降のやること(ワクワク)リストの話をしよう。新たに買っておこなうことについては、先述したように。短歌を作る。十二国記を読む。金色のコルダを遊んで/読んで感想文を書く。1日1時間勉強を3週間続ける。1/wで本を読み終わる。3月のライオンを読み返す。ハチミツとクローバーを読み返して感想文を書く。フルーツバスケットを読み返す。美術に関する本を1冊読み終わる。スタートゥインクルプリキュアを見終わる。Springを読み終わる。読書感想文を1本仕立てる。博物館に1回以上行く。ゲームを一本以上クリアする。自分ひとりの時間の作り方を確立する。映画を1本見る。まほステを見る。朝にアニメを見る(習慣をつける)。お花見をする。ラジオビジネス英語を1ヶ月頑張ってみる。体調管理シートを3週間続ける。総じて、インプットとアウトプットのバランスを考えていかなければならない。そのために『アウトプット大全』をまた読まなければならないので、自分時間作りは火急である。なんでも、ただ受け流すだけではもったいないので、できるだけ身になるよう努めたい。鑑賞ノートをつけよう。読書ノートはたくさんありすぎるので、いくつか処分しよう。今月は、本当に本を買いに買った。特に、何らかの教本。勉強して元をとらなければならない。

まだまだしたいことが多いので、今日はこのへんで。

3-19 どうすれば勉強できたことになるかずっと考えてる

今日から実験的にブログ向けの改行をやめ、まとまった文章として書くことにします。

WBCをきっかけにネトフリに入り直し、英語の学習がてらクィア・アイをはじめとするドキュメンタリーを視聴し始めた。クィア・アイは昔登録したときから観ていて、ラスト2シーズンの前に一旦キャンセルしていた。それでも番組公式SNSをフォローしていたし、インテリア担当がボビーからジェレマイアに変わったのも知ってはいた。クィア・アイはいわゆる「あなたを変身させます」系の番組で、だいたいは家族や親友が心配して推薦したというていで、周囲のひとに応募されて当たった相談者のお悩みを、衣食住各方面のプロであるメンバーがヒアリングし的確なアドバイスをすることで、困ったさんが前向きに明るく暮らせるよう導くというものである。

まず初めは表の変身のプランニング、自分のケアを考えるという面で、服装のタンと身だしなみのジョナサンが、変身前の状態にツッコミを入れ、相談者が本当になりたい姿へ探りを入れる。身なりを整えることで、相談者が理想の自分を思い出しつつある中、カラモがそれぞれのバックボーンに深く立ち入って話す機会を設け、それをもとに次のステージへ進むためのマインドセットを得るアクティビティへ招待する。そうして相談者の心の準備が整ったら、改装後の家で待ち受ける推薦者ら親しい者に変身した姿をお披露目することで、番組はフィナーレを迎える。

なんか足りない?そう、食と住が足りない。
これらは裏の変身だからである。

アントニやボビー/ジェレマイアは、表立った活躍はあまりしない。だが食と住とは自分のケアであり、各々のメンタリティが大きく現れる部分である。初めてメンバーが家を訪れるとき、アントニは冷蔵庫を確認し、どんな食生活を送っているか、ひいてはどんな意識で食をあつかっているかを聞き出す。食事めんどうさんには、さっくり作れて栄養価の高いレシピ。家族との関係が課題のひとには、彩りのパーティー用フィンガースナック。ときには相談者でなく、推薦者に料理を教えることもある。食事とはひととひとを食卓で繋げるものでもある。作って食べるを通して、相談者が心を豊かに保てるようアシストするのがアントニである。

最初の家庭訪問、インテリアショップを過ぎれば全然最後まで表に出てこないのが、インテリア担当のボビーやジェレマイア。まあ、家の改装は最後のリビールまで一番のサプライズだから仕方ないのだが。家とは、言うまでもないが生活の全てである。現在の心境に思い出やら宗教やらの精神性が全てあらわれるもので、チェンジするには一番難しいところだ。相談者宅はだいたいみんなグチャっていて、インテリア担当は毎度横転しながらも、皆のヒアリングをもとに、相談者の帰ってくる家を作り上げる。それは相談者の過去と未来を否定せず抱擁するものであり、これから前を向き立ち上がり進む君へのプレゼント、として差し出されるものである。

個人的には、この番組ではアントニとボビー/ジェレマイアが一番情に厚いと思っている。

そんなわけでシーズン9から観ている。やっぱりこの番組が映えるのは家族回で、気丈な母が相談者のときは深い話が聞けていいと思うのだが、ピフルズの回などはメンバーの押しの強さと相談者の相性の悪さや、変身の方向性の不明瞭さが気になって入り込めなかった。

ここまで書いておいてなんだが、最近の悩みは「自分の意見がない」「感想がない」ことである。ASDの特性にそういうものがあるらしい。記憶や感覚の統合がうまくいかず、複数の情報からなる意見・感想を出せないらしい。他にも感情を表に出す事への躊躇いなどもあるようだ。以前、就活の一環で職場体験をしたのだが、「多分、頑張りました。」しか浮かばなかった。頑張ったかどうかも定かではない。なみいるオタクのようにすてきな読書感想文も書けない。ところがどうだ、今しがた書いていたのは感想ではなかったか?

『独学大全』を片手に、自分が何故学びたいと思うのかに頭を悩ませる。何を手に取ってもそこから吸収することのない自分に嫌気がさす。何のスペシャリストでもない自分、生産性のない自分。いくら投資しても身になることのない自分。

例えば博物館や美術館に行くのはそれなりに好きで、手帳を持っているから、場所によっては無料で特別展を鑑賞できたりする。けれど鑑賞したとて「面白かった」とさえ思わない。自分なりの視点でものを見るというのが難しい。個人的には、美術館のより、博物館のにぎわいある展示が鑑賞しやすい。というのも、同行者の意見を仰げるからだ。小声で話すのも注意される場所では、何をどのように観ればいいかがわからず、何を楽しめばいいかも分からず、よしんば惹かれる展示物があってもそれについて歓談できず、つまらなく思う。その点、子連れの多い展示などは賑やかすぎることもある反面、大いに助かる部分がある。

常に美術と静かな対話を求めるミュージアムの在り方については、実際検討されるべき問題だと思う。泥酔者のような大声を出さないとか、破壊行為や準ずることをしないとか、そんな当たり前は置いておいて。美術ってそんなに静かさが必要なものだったか?実物を目の当たりにしながらアクティブに意見交換をするからこそ学べることがあるのではないかと思う。とにかく鑑賞に対話が欲しい。学びにおいてダイアローグは最も重視されることのひとつでは?要は、学びにひらかれていない公共の学術の場とはどうなのか、ということである。展示に行くよりも、図録や図鑑を買って家などで一緒に観ながら話し合うほうがよほど学びにはなるように思う。距離などを気にせずじっくり鑑賞できるし。なんなら今どきVRや家庭用学習プログラムがスミソニアンのような世界的博物館から出ている。実物を生でという体験は展示に行くことでしかできないが、それきりなのはいかがなものか。公共の場というのがミソで、選ばれた人にしか知が行き渡らないという状態にしてはならないことも大切だ。貴重なものをお金が払える人だけがたたえるように鑑賞する場所にしては本来ならないのである。老若男女の学びの場、知財という公共福祉であれるような在り方を模索していくべきだと思うが、例えば先述の「叫び声を出さない」ぐらいの最低限は必要だと思う感覚、これがひとによって違うから、難しいのだろうな。やはり今は、学びたいときは、子連れの多い博物館など、子供向けにひらかれた場所に行くに限るらしい。国立科学博物館はきっと夢にも見る体験ができるのだろうなと思う。

川内有緒『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』を読む。アーティゾン美術館のしおりを挟む。今日のおやつは焼うどんである。美術に関する対話に参加させてもらえる貴重な本を読む。勉強に対話を必要とする私は、少なくとも、今の特に美術館の在り方とは相容れないと思う。それで画集や図録、図鑑を買い込む。ホームミュージアムである。学びとは一体なんだったかについても再考が必要に感じる。今どきは○○カフェといって、文殊の知恵で考える対話の場が設けられたりするらしい。図鑑はそこそこ揃えているほうだと思うが、それもまた知識になった覚えがない。何らかの工夫が必要だと思うが、果たして。解説やコラムを使ってクイズを作り、Newmonicなどに入れてみようか。というか、全ての原因はインプット時間不足な気がする。

久留米市美術館にもう一度行きたい。アーティゾン美術館の図録を迷ったすえに買わなかった。ほかにはホキ美術館の図録とか、欲しい。倉敷の大原美術館も図録は買わなかった。もったいなかった。どちらもしおりは買ったんだけど。

このへんで一旦書き飽きた。また。

3-17

ASDやADHDといった診断を下された者が
耳タコほど聞く言葉がある。
それは
「何らかのスペシャリストになれ
(以外に能力を活かす道なし)」
である。
あれもこれもと頭に浮かぶばっかりに
どれにも手をつけられずじまいなのが特性の一つだ。
ドーパミンに飢える者は
しかし時に神がかり的な集中力を持ち合わせることがあり、
好きや喜びのエナジーを糧にしてスペシャリストになれ
というのが件の言葉の意味である。
ところが少しでも妨げのあると滞ってしまうたちで、
ひとつの課題にかじりつくどころか
じっと席につくことすらも難しい者は、
なんのスキルも持たず社会にも出られず
苦しみを味わうのである。

さて今回は座学をめっぽう苦手としながら
勉強への憧れのあまり参考書オタクとして生きる者が、
勉強のスペシャリストになっちまおうということで
とにかく楽しさを追求して学習を始めた。
普段はフォントや色、疑問点といった妨げに足止めされ
一つのテキストを独学で修了したことはなく、
また学んだ知識を活かす場は歳を取るほどに減り、
不毛に感じて手を止めてしまう人生であった。
いわゆる「がんばれない」人間である。
この「がんばれない」が「がんばれる」になるには
「見通し」「目的」「使命感」
の三つが必要だといわれている。
具体的なお悩みコメントとしては、
「あれこれ思いつくものの、
これといってやりたいことがなく、
目標としてひとつを選び取れない。」
「資格勉強などでもなければ
できばえを試す機会がなく、
方法が合っているかも気になる。」
独学の歩みを止めるには十分である。
これらの悩みのために、
「確実に何かを得られるという見通し」
「何を得たいかという目標」
「どれほどに得たいかという使命感」
が支えとなれればよいのだが、
完全自力で獲得するのは以外と困難なメンタリティである。
たった一人で勉強のスペシャリストになってしまうためには
まあ、達成感のハードルを下げることから始めるのである。
ハードルを下げるとはいうが、
「5分できたら合格!」みたいなのには
ひとを舐め腐りやがって、と思ってしまう。
勉強とはなんと言ってもゴリゴリしてなんぼである。
ハードルとは憧れの現れでもあり、
憧れをないがしろにしていては
大前提となるちゅきちゅきエナジーが枯渇してしまう
という点からも、勉強のマスキュラー性は保持したままに、
苦のようで苦でない楽しい勉強を成立させねばならぬ。
そこで必要となるのは、優先度による選択である。
最優先事項は繰り返し言っているが
「結果への見通しが立ちやすく」
「目標として掲げやすく」
「得られると嬉しくて役に立つ」
このためには、まず科目を
「結果がすぐに出やすく、わかりやすい」
ものにする。
ニートには社会性のあるスキルがお役立ちでおすすめである。

というわけで今回、
私は「語学」と「時事(社会科)」をチョイス。
語学は使う場所がないとよく言われがちだが、
始点は一人だとて今どき発信の場はいくらでもあるし、
AIに無料で添削してもらえる語学は、
結果が出やすく、わかりやすい。
また時事や社会科は語学と相性が良い。
これらは生活と密接につながっているもので、
身の回りのことについてより深く考えたり、
見聞きするために重要な語彙がそろっている。
語彙力が上がり読める文章が増えるということは、
つまり国語力がアップしているに他ならず、
結果としてもわかりやすい。
国語力アップということは、
表示言語を変えてしまえば語学勉強である。
さらに時事や地理・公共といった社会科は
実質内容が科目を横断していてバラエティに富み、
媒体もテレビニュースや新聞、Youtubeと多岐にわたり
興味のあるトピック、観点が見つかりやすい。

というわけで、この2本立てで
「がんばれない」を克服していかんとす。
科目選びがシンプルになれば、
あとは「どんな過程を経ても知識を得られれば勉強」
と肝に銘じておく。
例えば、ひとによってどの感覚がより優位かが異なり、
効率のいいインプット法も異なる。
「知識を得られれば勉強」というのは、
知識が得られるまで継続せねばならん
というのも含まれており、
インプットとはだいたい退屈を生むものだが、
これを楽しいものにするための工夫も欠かせない。
そこで、憧れの力と効率をミクスする。
まず私にとって一番楽な「音源を聴く」アクション、
これをどこでもできるように設定する。
勉強の起点を通退勤時間に置き、
ついでの聞き流しから始めるものとする。
迷ったら最初に聴くものとして、
NHKの『やさしい日本語ニュース』をお気に入りに。
元気が出ればDLした英語の音源、
あるいはYouTubeのニュース動画を聞き流す。
家に着いたら、30分タイマーと学習記録を駆使して
自己顕示欲からやる気を継続させ、
書き取りや音読といった+アウトプットの学習に移行する。
それは体力の尽きるまでゴリゴリと行う。
気が乗らなければ、潔くやめる。
なんかここまで色々書いてきたけど、
読書猿『独学大全』をしばらく読み返してないし、
全然アップデートできるはずというか
勉強の道は今日始まったばかりなので、
そう背負いすぎず、ていうかこれ書くのにかまけず、
なにより明日も学習していること
勉強が大好きになることを目指してやっていこうと思う。

さっそく『杉田敏の現代ビジネス英語 2026春号』をご用意。
第1トピックはいわゆるDINKWADと呼ばれる立場について。
公式の案内通り、まずはノースクリプトで音源を聴くところから。
あれ、案外聴き取れる。
ビジネス英語といっても難解が飛び出しすぎるのではなく、
普段よりいくらかフォーマルな単語でできた、
シンプルな文法の会話文で構成されている。
音源のみを3、4回繰り返した後スクリプトを開いてまた流す。
使いそうな(使えそうなではなく)単語を書き取り。
このへんで慣れたのか自然と聴き取れるようになってきた。
1トピックを6回に分けて学ぶ作りなので、
1週間に1トピックで読み進めようと思うが、
それでは興味さめやらず、
何ら関係はない本や新聞とニュース映像で満足度を上げる。
この時点で2時間ほど経過しているので
大卒成人の1日の学習量としては普通くらいだろうか。

勉強よりブログを書く時間の方が長くなってきたので、
今日は一旦このへんで。