こんにちは。この度は「ひとりビブリオバトル」なる酔狂企画にお集まりいただき、ありがとうございます。この企画は、普段本を読んでも誰かと語る機会のない私が、なんとかして思いを不特定多数に届けようとするものです。感想文ほど深いものは書けないけれど、同じ本を読む同士を増やせる文を書きたい。というわけで、ビブリオバトルの体を模して、その楽しみを伝えられるように頑張っていこうと思います。
本を読んでいると、ときに、自分の人生に伴走してくれる、そのように感じる本と出会うことがあります。私が出会ったその本は、上橋菜穂子『獣の奏者』といいます。名前を聞いたことのある方、多いと思います。ここで語るまでもない、名作ファンタジーですからね。ですが今回は、私にひとりの女性としての生き方を教えてくれた、大切な物語として、ひとりビブリオバトルと題したこの場の、幕を開く1冊目としてお話するべく、選ばせていただきました。
『獣の奏者』の主人公はエリンといい、特殊な生い立ちの女性です。物語は本編と外伝合わせて5つの章からなります。とある事件から母を失い、孤独に彷徨うところをジョウンおじさんに拾われる闘蛇編。おじさんに知力を見出され学舎に通い始め、運命の出会いをする王獣編。王獣や闘蛇といった生き物の不思議や、国々の複雑な因果関係が交差する探求編。出会いと別れ、運命の果てにエリンがたどり着く完結編。そして、エリン家族をはじめとした登場人物たちの生活の一幕を覗く外伝・刹那があります。
エリンは好奇心が非常に旺盛で、お母さんが世話していた闘蛇や、おじさんが飼っていた蜜蜂や動物、学舎で預かっている王獣のリラン、あらゆる生き物に関心を向けます。私も何かと知りたいことが多い質なので、エリンのように多くの本を読み、深く思考できるようになりたいと思いながら、たくさんの図鑑を揃えました。エリンはよく「世界の全てを知ることができたなら」と言うのですが、私は『地球博物学大図鑑』という図鑑を読むとき、これがエリンの手元にあったなら、どんなにか感動して、のめり込むことだろうと想像します。そんなエリンの学びに対する姿勢にはいつもはっとさせられ、学生時代には受験勉強のモチベーションともなりました。今でも独学を続けているのですが、つまづく度に王獣編を読み返します。
しかし一方、エリンはこの「自然の妙を知りたい、この世界の謎を解きたい」という衝動に突き動かされ、ほかの生徒とは違う行動をし、王獣と触れ合った結果、得た知識がもたらすものに苦悩することとなります。探求編ではそれが掘り下げられるのですが、この物語は選択の物語とも言えるほど、エリンは自分のこと、世界のこと、大小問わず様々な岐路に何度も向き合います。ファンタジーという壮大なベールを取り払ってしまえば、生い立ちや技能による自分の立場と、所属する集団の在り方に挟まれて、生きる道を模索するそれは、どんな人も通る道です。エリンの、ひとりの女性としての等身大な生き様は、今を生きる女性にも身につまされるところがあると思います。
ここで私は皆さんに、ある秘密を打ち明けます。私はこの物語のうち、探求編までしか記憶がありません。最低でも2度は通して読んでいて、あらすじはわかっちゃいるんですが、読んで何を思ったかという記憶は、残り2冊にはないです。つまり、3冊目までについてしか、深く語れません。昔から闘蛇編、王獣編が好きで、そればかりを何度も読んでいました。ですが突然、探求編も気になりだして、つい最近読み返したばかりというわけです。あたかも物語全体が好きなように話し始めておいて、ごめんなさい。
ですがこの、「まだ読んでいない」という状態を、私はさほど悪くないと思っています。この本について、私は「自分の人生に伴走する本」として紹介を始めました。私は今、20代前半です。もしかすると、読んだことのある方はここでお気づきになられたかもしれません。エリンは物語の中で歳を取り、成熟してゆくのですが、実は探求編こそが、エリンが20代の頃のお話なんです。何故突如として探求編を読み返したか。それは私自身が年齢に伴って人生の岐路に立ったことで、この章で世界を左右する選択を強いられるエリンの姿を思い出し、何かヒントを得られないかと思ったからです。読み返しての結論は、エリンも私も、すべての選択で正解を選べたか、そもそも正解なんてあったのか、それはわからないけれど、「自分の願いを、覚悟のうえで背負い、道を探し続けること」。そのエリンの選択を、彼女が毅く生きた証として想います。
この先のお話、完結編は、私が今立っている岐路にひとつの決着がついたとき、あるいは、決着がつくか不安になったとき、読もうと思っています。そして完結編を読む前に、外伝を読もうとも思っています。外伝での、エリンたちの在りし日の姿は、選択の間に過ごす日常、立ち止まった場所の思い出が、ただ無為に過ぎた時間でないことを教えてくれると思うからです。読了まで、何年経ることになるでしょうか。それもまた、私とこの物語が一緒に歩んできた足跡となるはずです。
それでは、一度読まれたことのある方も、初めて触れる方も、これまでの人生、この先の人生とこの物語を重ね合わせ、私と一緒に味わってみませんか。ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。